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敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから。
見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、
あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。
もろもろの国は、あなたの光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る。
あなたの目をあげて見まわせ、彼らはみな集まってあなたに来る。
あなたの子らは遠くから来、あなたの娘らは、かいなにいだかれて来る。
その時あなたは見て、喜びに輝き、あなたの心はどよめき、かつ喜ぶ。
海の富が移ってあなたに来、もろもろの国の宝が、あなたに来るからである。
(イザヤ60:1-5)
新年、明けましておめでとうございます。
この世界がどれだけ、暗きにおおわれ、やみにおおわれても、主の御言葉の約束は
真実であり、確かです。すなわち、「暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおお
う。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上に
あらわれる」という約束です。そればかりではなく、「もろもろの国は、あなたの
光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る」というのです。ですから、
使徒パウロも言いました、「眠っている者よ、起きなさい。死人のなかから、立ち
上がりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照すであろう(エペソ5:14)」と。
新しい年も、みなさんの上に、主の豊かな油注ぎがありますように、
お祈り致します。
ミッション・オリーブ 椙森
※ 水曜日の聖書研究・祈祷会にも是非、御参加下さい。
2006/1/1 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
そこで、わたしは主にあっておごそかに勧める。あなたがたは今後、異邦人がむなしい
心で歩いているように歩いてはならない。彼らの知力は暗くなり、その内なる無知と心の
硬化とにより、神のいのちから遠く離れ、自ら無感覚になって、ほしいままにあらゆる不
潔な行いをして、放縦に身をゆだねている。しかしあなたがたは、そのようにキリストに
学んだのではなかった。あなたがたはたしかに彼に聞き、彼にあって教えられて、イエス
にある真理をそのまま学んだはずである。すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、
情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそ
なえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。
(エペソ4:17-24)
お正月休みによって、身も心もリフレッシュする時を持つことができた人もいれば、い
つもの緊張感から解放されて逆に生活リズムを崩してしまったという人もいるかも知れま
せん。しかし、ここで、「あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き
人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造ら
れた新しき人を着るべきである」とあるように、私達は日々、主にあって、新しく造りか
えられることを熱心に求めていきたいものです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/6 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制で
あって、これらを否定する律法はない。キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、
その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。もしわたしたちが御霊によって
生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。
(ガラテヤ5:22-25)
「トランスフォーメイション」という言葉が、よく使われるようになりました。「変革」
という言葉で訳されていますが、創造主なる神様の御介入により、人々が、そして、自
然界を含む社会全体が本来あるべき姿に造り変えられる、「トランスフォーム」される
ということです。そして、それはまた、聖霊さまの働きでもあります。私達一人一人が
聖霊さまにすべてを明け渡して、聖霊さまに従順する時に、「御霊は一つ」ですから、人
人の間に、素晴らしい一致を与え、主の圧倒的な臨在が現わされ、そして、そのところに、
御霊によるところの素晴らしい「トラスフォーメイション」が与えられると信じます。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/7 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉(旧約編)
しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、
果樹園が森とみなされるようになる。公正は荒野に宿り、義は果樹園に住む。
義は平和をつくり出し、義はとこしえの平穏と信頼をもたらす。
(イザヤ32:15-17新改訳)
ここには、素晴らしい神様の約束が記されています。何の作物も産み出すことも
できなかった不毛の地、荒野が神様の霊が注がれることによって、とても美味しい
大きな果物を産み出す果樹園(口語訳では、「良き畑」)に変えられるというのです。
さらに、その果樹園が、青々と木々が生い茂る「森」のように、変えられていくと
いうのです。そのように、自然界が祝福されると同時に、神様の霊、すなわち、聖
霊が注がれることによって、そこに神様の義が宿り、その神様の義によって、平和
ととこしえの平穏と信頼がもたらされるというのです。
まさに、それは「トランスフォーメーション」です。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/10 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。なぜなら、
被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによる
のであり、かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光
の自由に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が、今に至るまで、
共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。
(ローマ8:19-22)
創世記を見ると、最初の人アダムが罪を犯したことによって、地がのろわれたことが
記されています。すなわち、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた
木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地
から食物を取る。地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食
べるであろう。あなたは顔に汗してパンを食べ(創世記3:17-19)」、とあるのです。しか
し、最後のアダムであるイエス様(Tコリント15:45)は、御自分のあがないの血潮によ
って、私達をその罪ののろいから解放してくださったのです。ですから、今までのろわ
れていた土地が、そこに住む人々が、主イエス・キリストを信じ、受け入れて、神の子と
変えられていくことによって、土地そのものも、そののろいから解放され、「神の子たち
の栄光の自由」、すなわち、神様の大いなる祝福にあずかることができるようにトランス
フォーム、変えられていくのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/11 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
律法がはいり込んできたのは、罪過の増し加わるためである。しかし、罪の増し加わっ
たところには、恵みもますます満ちあふれた。それは、罪が死によって支配するに至った
ように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠の
いのちを得させるためである。
(ローマ5:20-21)
「罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた」、そんなことがありえるの
だろうか、と思えるのですが、それが神様の恵みであり、あわれみであると、聖書は教えて
いるのです。だからこそ、私達はまた、この日本の国にも素晴らしい神様の恵みの御業を期
待することができるのです。しかし、私達は恵みを求める以上に、すべての恵みのもとなる
主イエス様とのさらに親しい人格的な交わりを求めていきたいのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/12 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から
出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。それから悪魔は、イエスを
聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて言った、「もしあなたが神の子であるな
ら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、
あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』
と書いてありますから」。イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みては
ならない』とまた書いてある」。
(マタイ4:4-7)
イエス様が公生涯にたたれた時、すなわち、公に伝道を開始されようとした時、
悪魔の誘惑にあったことが記されています。悪魔は、聖書の御言葉を引用しながら、
イエス様を、そして、私達を誘惑してくることがあるということを知る必要があり
ます。しかし、注目すべきことは、イエス様は、ここでこの三つの誘惑に対して、
新しい教えを説くをせず、すべて、聖書の御言葉を引用することによって、すなわ
ち、「聖書には、このように書いてある」と宣言することによって、悪魔に勝利を取
られたのです。ですから、使徒パウロも言いました、「悪魔の策略に対抗して立ちう
るために、神の武具で身を固めなさい。・・また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、
すなわち、神の言を取りなさい(エペソ6:11,17)」と。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/13 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉(旧約編)
ヤコブよ、何ゆえあなたは、「わが道は主に隠れている」と言うか。イスラエルよ、
何ゆえあなたは、「わが訴えはわが神に顧みられない」と言うか。あなたは知らなかっ
たか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱る
ことなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。弱った者には力を与え、
勢いのない者には強さを増し加えられる。年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲
れはてて倒れる。しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、
のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。
(イザヤ40:27-31)
「今の私のこの苦しみ、また、この悲しみを誰も理解してくれない」と感じたことは、
ありませんか。たとえ、あなたと一緒に生活をしている家族でさえも、あなたのその
苦しみ、悲しみを理解できないかも知れません。しかし、「あなたのその苦しみ、悲し
みをわたしは知っている」と主は言われます。しかも、「主はとこしえの神、地の果の
創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。弱っ
た者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる」お方です。主は、あなた
のその苦しみ、悲しみを理解し、あなたがその中で、主を待ち望むならば、新たなる力
を与え、わしのように翼をはって、のぼることができる力を与えて下さるのです。走っ
ても疲れることなく、歩いても弱ることはないように。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/14 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった
者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
(マタイ11:28-30)
キリスト教は、宗教ではありません。キリスト教は、今も生きておられる主イ
エス様との人格的な交わりです。宗教は、「あれをしなさい。これをしなさい」と
教えますが、イエス様は、まず、「わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませて
あげよう」と招いておられるのです。そして、「わたしのくびきを負って、わたしと
一緒に歩もう」と語っていてくださるのです。しかも、イエス様が与えてくださる
くびきは、重くて負いきれないものではなく、「わたしのくびきは負いやすく、わたし
の荷は軽いから」と主は、すべての人に、そして、あなたに語っておられるのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/17 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
人はかがめられ、人々は低くせられ、高ぶる者の目は低くされる。
しかし万軍の主は公平によってあがめられ、聖なる神は正義によって、
おのれを聖なる者として示される。
(イザヤ5:15-16)
ここには、力強い神様の主権について記されています。すなわち、神様は、
高ぶる者をしりぞけ、そして、御自身を公平によってあがめられ、正義によって、
御自分を聖なる者として示されるということです。私達は、この主の前に、恐れの
心をもって仕え、聖なる主の御名をあがめ、栄光の主をつねにほめたたえるもので
ありたいのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/18 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。その日、あなたがたは言う、
「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。
そのみ名のあがむべきことを語りつげよ。主をほめうたえ。
主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。
これを全地に宣べ伝えよ。シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。
イスラエルの聖者はあなたがたのうちで大いなる者だから」。
(イザヤ12:3-6)
イザヤ書は、小預言書に対して66章からなる長編であり、かつまた、重みのある
内容となっています。そんな中で、この12章は、非常に短く、また、浮き浮きする
ような明るさと喜びにあふれています。私自身、始めて教会に導かれたころ、この御
言葉をもとにして作られた賛美、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろ
もろの民の中につたえよ。そのみ名のあがむべきことを語りつげよ。主をほめうたえ」
という賛美を喜びをもって、賛美しました。そして、今も、この救いのみわざを全地に
伝えていきたいと心から願っているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
総督であるネヘミヤと、祭司であり、学者であるエズラと、民を教えるレビびと
たちはすべての民に向かって「この日はあなたがたの神、主の聖なる日です。嘆いたり、
泣いたりしてはならない」と言った。すべての民が律法の言葉を聞いて泣いたからである。
そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。
その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。
憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。
(ネヘミヤ8:9-10)
70年の間、バビロンに捕囚として捕われていたイスラエルは、神様のあわれみと
約束の言葉によって、もう一度、エルサレムを再建することがゆるされました。しかし、
荒廃しきったエルサレムの城壁を建て直すことは、容易なことではありませんでした。
また、その悲惨な状況を前にして、イスラエルの民の心も萎(な)えかけていたのです。
しかし、神様の恵みはさらに大きく、彼らを励まし、ついにその修復工事を完成する
ことができたのです。そして、エズラをはじめ、レビ人たちが律法、すなわち、聖書を
読み聞かせた時に、イスラエルの民は、その心を刺され、感動し、泣いてしまったので
す。その時に、ネヘミヤとエズラと、レビびとたちが語った言葉が、上記の御言葉です。
彼らは、「主を喜ぶことはあなたがたの力です」と言って、民を励ましたのでした。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/20 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、
あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。また群衆が飼う者のない羊の
ように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。
そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に
願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。
そこで、イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、
あらゆるわずらいをいやす権威をお授けになった。
(マタイ9:35-10:1)
福音書を読むとイエス様が、「あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった」
という記事が繰り返し出てきます。言い換えれば、イエス様にいやすことのできない病
気はないということです。そして、このイエス様は、「きのうも、きょうも、いつまでも
変ることがない」お方です。そればかりではなく、イエス様は、御自分を信じる弟子たち
にも、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威をお授けに
なった」のです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/21 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
巻物を開いてそれを見るのにふさわしい者が見当らないので、
わたしは激しく泣いていた。すると、長老のひとりがわたしに言った、
「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、
その巻物を開き七つの封印を解くことができる」。わたしはまた、御座と四つの
生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た。
それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、
神の七つの霊である。小羊は進み出て、御座にいますかたの右の手から、巻物を
受けとった。
(黙示録5:4-7)
「ユダ族のしし(=ライオン)」とは、いったいだれのことでしょうか。言うまでも
なく、これは、私達人類の罪の身代わりとなるために、ゴルゴタの丘でご自身の命ま
でも投げ出して下さった救い主イエス・キリストを現しています。興味深いことにイ
スラエル12部族の父ヤコブは、その死のまぎわに、信仰によって、イスラエルの子
らをひとりびとり祝福したのですが、その中で、彼は、ユダについてこのように預言
しました、「ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。彼は雄
じしのようにうずくまり、雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができ
よう。つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来
る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う(創世記49:9-10)」と。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/24 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
だれもヤコブのうちに災のあるのを見ない、またイスラエルのうちに悩みの
あるのを見ない。彼らの神、主が共にいまし、王をたたえる声がその中に聞える。
神は彼らをエジプトから導き出された、彼らは野牛の角のようだ。
ヤコブには魔術がなく、イスラエルには占いがない。神がそのなすところを
時に応じてヤコブに告げ、イスラエルに示されるからだ。
見よ、この民は雌じしのように立ち上がり、雄じしのように身を起す。
これはその獲物を食らい、その殺した者の血を飲むまでは身を横たえない」。
(民数記23:21-24)
この御言葉は、モアブの王チッポルの子バラクがイスラエルをのろうために、
バラムを招き寄せた時に、主なる神様がイスラエルについて、バラムをとおして、
語られた御言葉です。誇ることのできるような武器も武力も持たないイスラエル
に対して、神様は、百獣の王、すなわち、ライオンにたとえて、このように語っ
ているのです、「見よ、この民は雌じしのように立ち上がり、雄じしのように身を
起す。これはその獲物を食らい、その殺した者の血を飲むまでは身を横たえない」
と。なぜなら、彼らの神、主が彼らと共にいまし、彼らをエジプトから導き出され
たのは、天地を創造された主なる神様だからです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/25 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
「神は彼らをエジプトから導き出された、彼らは野牛の角のようだ。
彼らは敵なる国々の民を滅ぼし、その骨を砕き、矢をもって突き通すであろう。
彼らは雄じしのように身をかがめ、雌じしのように伏している。
だれが彼らを起しえよう。あなたを祝福する者は祝福され、
あなたをのろう者はのろわれるであろう」。
(民数記24:8-9)
イスラエルをのろうために、モアブの王バラクはバラムを招いたにもかかわらず、
バラムは二度も、イスラエルを祝福しました。そこで、バラクは、バラムを別の場所、
すなわち、荒野を見おろすペオルの頂に連れていき、そこで、イスラエルをのろうこと
をさせようとしたのです。しかし、この三度目も主なる神の霊が彼に臨み、彼は、イス
ラエルについて、このように祝福し、預言したのでした、「彼らは雄じしのように身を
かがめ、雌じしのように伏している。だれが彼らを起しえよう。あなたを祝福する者は
祝福され、あなたをのろう者はのろわれるであろう」と。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/26 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くその
まわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。
第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、
第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。
この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で
満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。
昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。
(黙示録4:6-8)
まず第一に、みなさんに知って欲しいことがあります。黙示録は、決して、ヨハネが
自分の想像力や空想によって書いたファンタジーではないということです。黙示録は、
神様が、すぐにも起るべきことをその僕たちに示すためキリストに与え、そして、キリ
ストが、御使をつかわして、僕ヨハネに伝えられたものであるということです。彼は、
御霊によって啓示され、神様によって示されたこと、見たこと、聞いたことをそのまま
書き記したにすぎないのです。御使があかししたように、「これらの言葉は信ずべきで
あり、まこと」なのです。すなわち、小羊イエス・キリストの血潮によってあがなわれ
た者が必ず、目撃するであろうところの確かな現実なのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/1/27 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
これらの生き物が、御座にいまし、かつ、世々限りなく生きておられるかたに、
栄光とほまれとを帰し、また、感謝をささげている時、二十四人の長老は、御座に
いますかたのみまえにひれ伏し、世々限りなく生きておられるかたを拝み、彼らの
冠を御座のまえに、投げ出して言った、「われらの主なる神よ、あなたこそは、栄光
とほまれと力とを受けるにふさわしいかた。あなたは万物を造られました。御旨に
よって、万物は存在し、また造られたのであります」。
(黙示録4:9-11)
「これらの生き物」とは、すなわち、それぞれが、まわりも内側も目で満ちている
六つの翼を持つ四つの生き物のことであり、第一の生き物はししのようであり、第
二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の
生き物は飛ぶわしのようであったとあかしされている四つの生き物のことです。し
かも、この四つの生き物は、ヨハネがはっきりと聞き取れる声で、昼も夜も、絶え
間なくこう叫びつづけていたのです、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能
者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」と。この四つの生き
物は、御座にいまし、かつ、世々限りなく生きておられるかたに賛美をささげること
によって、すべての栄光とほまれとを創造主なる神様にお帰し、また、感謝をささげ
ていたのです。
ミッション・オリーブ 椙森
※ 水曜日の聖書研究・祈祷会にも是非、御参加下さい。
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達する
のである。また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかり
と組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、
愛のうちに育てられていくのである。
(エペソ4:15-16)
本日より金曜日まで、日本ペンテコステ親交会主催の研修会が浜松で開催され、これ
に椙森が参加するため、この間、「今日の御言葉」の配信をお休みさせていただきます。
今回の研修会の主題聖句は、上記の御言葉です。この研修会で受けた恵みをまた、皆さん
にお分かちし、還元できればと願っています。何よりも、この研修会によって、主にふれ
られ、私自身、主の御心にかなったものとして、造り変えられる、トランスフォームされ
るように、願っております。皆さんの上にも、主の豊かな祝福と御守りが与えられますよ
うに、お祈り致します。
ミッション・オリーブ 椙森
※ 水曜日の聖書研究・祈祷会にも是非、御参加下さい。
2006/1/31 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ、「アブラムよ恐れてはなら
ない、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは、はなはだ大きいであろう」。
アブラムは言った、「主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマス
コのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか」。
アブラムはまた言った、「あなたはわたしに子を賜わらないので、わたしの家に生れた
しもべが、あとつぎとなるでしょう」。この時、主の言葉が彼に臨んだ、「この者はあなたの
あとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」。
そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、
数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。
アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。
(創世記15:1-6)
火曜日から始まった研修会、講師のシティ・チャーチのウェンデル・スミス牧師は、
「『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、
『あなたの子孫はあのようになるでしょう』」という聖句から、この日本にも主イエス・
キリストを信じる信仰によって、アブラハムの子孫と変えられ、主の御名を呼び求める
多くの魂が東から西から、また、北から南から起こされるという預言的メッセージを与
えて下さいました。そして、アブラハムの子孫であるクリスチャン達がお互いに祝福し
合う時に、「あなたを祝福する者をわたしは祝福する」の御言葉のごとく、「あなたがた
の受ける報いは、はなはだ大きなものとなるでしょう」と、まるで祝福が爆発したかの
ような集会となりました。
ミッション・オリーブ 椙森
※ 水曜日の聖書研究・祈祷会にも是非、御参加下さい。
2006/2/4 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
主の使は再び天からアブラハムを呼んで、言った、「主は言われた、『わたしは
自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜し
まなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、
天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、
また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。
あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。
(創世記22:15-18)
第41回日本ペンテコステ親交会主催研修会において、講師のウェンデル・スミス先生は、
「神様が日本の教会を祝福されます」というメッセージを繰り返し、語られました。そして、
それは、私達が何かをしたからではなく、神様御自身の御計画であると語られました。そし
て、私達は、それを信仰をもって受け入れ、御言葉に従順することが大切であると語られま
した。そして、さらに「教会の祝福」とは、多くの人々がイエス様と出会い、魂が救われること
にほかならないと語られ、「このために、皆さんも是非、ささげて下さい。そして、私(スミス先
生)も、ささげます」とチャレンジされ、木曜日の夜の集会では、予約献金も含めて、なんと約
900万円の献金が、日本のリバイバルのために、魂の救いのためにささげられたのでした。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/2/7 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって
義とされたのではなかったか。あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行い
と共に働き、その行いによって信仰が全うされ、こうして、「アブラハムは神を信じた。
それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の
友」と唱えられたのである。
(ヤコブ2:21-23)
私を含めて多くの方々は、このヤコブ書の御言葉を読む度に、同じ聖書の中に書かれて
いるローマ書の信仰義認の教理と矛盾しているかのように、感じるのではないでしょうか。
しかし、「霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだもの
なのである」という御言葉も、厳しい御言葉ではありますが、真理です。そして、私達
の「信仰の父」であるアブラハムは、まさに「信仰の人」であると同時に、かつまた、
自分の愛するひとり子イサクをも神様にささげることのできた「行いの人」でありました。
そして、主イエス・キリストを信じる信仰によってアブラハムの子孫と変えられた私達も
また、信仰と行いが共に働くところの者と変えられ、アブラハムの受けた大きな祝福を受
け継ぐものとなっていきたいのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/2/8 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてし
まう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。
もし人が信心深い者だと自任しながら、舌を制することをせず、自分の心を欺いている
ならば、その人の信心はむなしいものである。父なる神のみまえに清く汚れのない信心
とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つ
ことにほかならない。
(ヤコブ1:25-27)
これを書いたヤコブは、イエス様の宣教活動を共にした十二弟子の一人ヤコブではなく、
主イエス様の兄弟ヤコブが書いたものとされています。ヤコブは最初イエス様を信じなか
ったのですが(ヨハ7:5)、主の復活後,主を信じる者となり(使12:17)、エルサレム教会
の指導者となった人です。彼は、幼い頃から、お兄さんにあたるイエス様の生活を見てい
ました。その彼は、イエス様が、「完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人」であ
り、かつまた、「御言葉を行う人」であるということを知り、そして、肉に力では、兄よう
に歩むことのできない自分の弱さを強く感じていたに違いありません。しかし、その兄で
あると同時に、救い主であるイエス様の十字架と復活の福音を受け入れ、聖霊さまのお取
り扱いを受けた時に、彼は本当にトランスフォーム、変えられていったのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/2/9 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。
父には、変化とか回転の影とかいうものはない。父は、わたしたちを、いわば被造物の
初穂とするために、真理の言葉によって御旨のままに、生み出して下さったのである。
(ヤコブ1:17-18)
ヤコブはここで、「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から
下って来る」と宣言しています。天のお父様は、私達の歩みを四六時中、ご覧になり、
私達にとって最も良いものを与えようと、用意しておられます。「最も良いもの」とは、
すべてをご存知である父なる神様が「ベスト」と判断されるものであり、そして、それを
最も良い時に与えて下さるのです。そして、父なる神様は私達がそれを正しい動機で求め
ることを待っておられるのです。だから、ヤコブは、このようにも言いました、「あなた
がたは、求めないから得られないのだ(4:2)」と。
ミッション・オリーブ 椙森
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敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと
良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。義の実は、平和を造り出す人たちに
よって、平和のうちにまかれるものである。
(ヤコブ3:17-18)
「上からの知恵」、すなわち、神様が私達に与えて下さる知恵は、この世が与える知
恵とは、まったく異なったものであることが、この御言葉から明かです。この世の
知恵は、しばしば私達に悪知恵を与え、ずる賢くさせたり、また、私達を高慢にさせ
たりします。しかし、「上からの知恵」は、私達を神の前に清く歩むように促し、私
達の日々の人間関係において、平和を造り出していくものであると、ヤコブは教えて
います。そして、その平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるもの、
それは「義の実」であると、聖書は教えているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/11 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、
商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。あなたがたは、あすのこともわからぬ
身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間
あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。むしろ、あなたがたは「主のみこころ
であれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。
ところが、あなたがたは誇り高ぶっている。このような高慢は、すべて悪である。
人が、なすべき善を知りながら行わなければ、それは彼にとって罪である。
(ヤコブ4:13-17)
私にとって、ヤコブの手紙は、読んでいて、耳が痛くなるような御言葉が多く出て
くるのですが、この御言葉もその一つです。しかし、よく考えてみれば、間違いなく、
これは、真理です。一年間の計画を立てることが決して悪いことだと言っているので
はありません。しかし、私達人間は、明日もこの地上に肉体をもって、生きていると
いう保証は、どこにもありません。このことを悟らない人に、聖書は、「愚かな者よ、
あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物
は、だれのものになるのか(ルカ12:20)」と警告しているのです。私達もまた、主イ
エス様が祈られたように、「わたしの思いではなく、あなたのみこころが成るようにし
てください」と祈りつづけたいのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/14 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ、農夫は、
地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている。
あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。
心を強くしていなさい。兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。
さばきを受けるかも知れないから。
見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
(ヤコブ5:7-9)
「見よ、農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで
待っている」とありますが、いったいなんのことでしょうか。イエス様の言葉の
中に、「わたしの父は農夫である」という御言葉があります。父なる神様が切に
願っておられること、それは外でもありません、人々がイエス様と出会い、イエ
ス様を救い主として、信じ受け入れて、その魂が救われることです。そして、初代
教会の時代に素晴らしい聖霊の傾注によって、多くの魂が救われたように、この
終わりの時代に、全世界的な規模での爆発的な魂の大収穫が主によって備えられ、
その魂の大収穫が今、まさに刈り取られようとしているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/15 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
そうして、西のほうでは、主の御名が、日の上るほうでは、主の栄光が恐れられる。
主は激しい流れのように来られ、その中で主の息が吹きまくっている。
「しかし、シオンには贖い主として来る。ヤコブの中のそむきの罪を悔い改める者の
ところに来る。」――主の御告げ。――
「これは、彼らと結ぶわたしの契約である。」と主は仰せられる。
「あなたの上にあるわたしの霊、わたしがあなたの口に置いたわたしのことばは、
あなたの口からも、あなたの子孫の口からも、すえのすえの口からも、
今よりとこしえに離れない。」と主は仰せられる。
(イザヤ59:19-21新改訳)
「日の上るほう」または、「日の出る方」とは、いったいどこを指すのか、意見の違いが
無いわけではありませんが、これを日本だと考える神学者が増えてきています。世界の
リバイバルの鍵を日本が握っていると考えるクリスチャン・リーダー達が多く起こされて
いるのです。そして、今、海外に住むクリスチャン達が日本のリバイバルのために、熱心
な祈りを主の前にささげているのです。そして、その日本のリバイバルのために、日本の
魂の救いのために、日本に来て、日本のクリスチャンと共に祈りたいと願っておられ、
その準備が今、着々となされているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/16 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
日の出る所から、その沈む所まで、わたしの名は諸国の民の間であがめられ、
すべての場所で、わたしの名のために、きよいささげ物がささげられ、香がたかれる。
わたしの名が諸国の民の間であがめられているからだ。――万軍の主は仰せられる。
(マラキ1:11)
使徒行伝を見ると、「それから彼(パウロ)らは、アジヤで御言を語ることを聖霊に
禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤ地方をとおって行った。そして、ムシヤのあたり
にきてから、ビテニヤに進んで行こうとしたところ、イエスの御霊がこれを許さなかっ
た(使徒16:6-7)」という記事があります。アジヤの極東に住む私達日本人クリスチャンに
とって、もし、この時、大伝道者パウロをマケドニヤの方向にではなく、アジヤの方向に導い
てくれていたなら、ヨーロッパやアメリカよりも、中国や日本が先にキリスト教国になって
いたのではないか、とさえ思えるのです。しかし、神様はすべての人を愛し、すべての人を
救いに導くために、神様御自身の御計画をお持ちになっておられます。そして、この終わり
の時に、日本を含め、「日の出る所から、その沈む所まで、わたしの名は諸国の民の間であ
がめられる」ように、神様は、御自身の御計画を着々と進めておられるのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
だから、祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみを
いだいていることを、そこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に残しておき、
まず行ってその兄弟と和解し、それから帰ってきて、供え物をささげることにしなさい。
(マタイ5:23-24)
神様に喜ばれる供え物、ささげ物をしようとする場合、また、神様に心からの礼拝、
また、賛美をささげようとする場合、まず、注意しなければならないことがあるとイエ
ス様は、教えられました。それは、私達がだれかに対してではなく、私達に対してだれ
かが何かうらみをいだいていること、また、反感を持っているのをそこで思い出したな
ら、「まず行って、その兄弟と仲直り、和解をしなさい」とイエス様は教えられたのです。
そうでないと、そのような悪感情をだれかが、あなたに対していだいていることを知り
ながら、供え物をしても、また、礼拝をささげても、神様はそれを決してお喜びには
ならないということです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/18 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
さらに見ていると、御座と生き物と長老たちとのまわりに、多くの御使たちの声が
上がるのを聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍もあって、大声で叫んでいた、
「ほふられた小羊こそは、力と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんび
とを受けるにふさわしい」。またわたしは、天と地、地の下と海の中にあるすべての造ら
れたもの、そして、それらの中にあるすべてのものの言う声を聞いた、「御座にいます
かたと小羊とに、さんびと、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくあるように」。
四つの生き物はアァメンと唱え、長老たちはひれ伏して礼拝した
(黙示録5:11-14)
黙示録は、たとえどれだけ今が、悪魔がのさばっているような状況に見えても、必ず、
神の小羊イエス・キリストが勝利を得、正義をもって、「主の主、王の王」として全地を
治める時がやって来ることを預言、約束しています。ですから、私達は決して、落胆する
ことなく、主に期待をしつつ、伝道のわざ(これは霊の戦いです)に励み、私達のまわり
にいる数えきれないほどの御使たちとともに、常に主を賛美し、すべての力と、富と、知
恵と、勢いと、ほまれと、栄光とをほふられた小羊イエス様にささげていきたいのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/21 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召された
その召しにふさわしく歩き、できる限り謙虚で、かつ柔和であり、寛容を示し、愛を
もって互に忍びあい、平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように
努めなさい。からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの
望みを目ざして召されたのと同様である。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。
すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべて
のものの父なる神は一つである。
(エペソ4:1-6)
今日、特に注目したい御言葉は、「聖霊による一致を守り続けるように努めなさい」
という御言葉です。英語の聖書(TEV)では、"Do your best to preserve the unity"とも訳さ
れています。一致のために、祈ることも大切ですが、努めて、すなわち、自ら進んで、
意識的に、一致が生み出されるように、努力しなさいと聖書は、教えているのです。
また、「御霊によって一つになること」を、あなたがたの目標としなさいとも、聖書は、
教えているのです。聖霊さま、どうか、そのように私達を導いてください。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/22 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて、「主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます」と言って叫びつづけた。しかし、イエスはひと言もお答えにならなかった。そこで弟子たちがみもとにきて願って言った、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきていますから」。するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。しかし、女は近寄りイエスを拝して言った、「主よ、わたしをお助けください」。イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
(マタイ15:22-28)
イエス様に無視されたカナンの女、弟子たちにも追い払われた女、更にイエス様から「小犬」
呼ばわりされた女、しかし、彼女は、引き下がりませんでした。「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」と、彼女は答えたのです。それに対して、イエス様は、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」と、彼女の信仰を賞賛されたのです。そして、「その時に、娘はいやされた」と聖書は、証言しています。イエス様にとって、大きすぎる問題、また、難しい問題、不可能な問題など、ありえません。大切なことは、どれだけ、私達が全知全能の神のひとり子イエス様を信頼しているか、です。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/23 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。
(ルカ7:6-10)
興味深いことに、福音書の中で、イエス様から「見あげた信仰、偉大な信仰、りっぱな信仰」として、ほめられた人は、あの異邦人のカナンの女とこのローマの百卒長でした。偉大な信仰とは、神様が立てられた権威を認め、その権威に服し、そして、イエス様こそ、そのすべての支配と権威とのかしらであることを認め、イエス様の御言葉に絶対的な権威を認めることから始まるのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/24 送信済み
敬愛する皆さんへ シャローム
今日の御言葉
心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。
すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
自分を見て賢いと思ってはならない、主を恐れて、悪を離れよ。
そうすれば、あなたの身を健やかにし、あなたの骨に元気を与える。
(箴言3:5-8)
聖書的健康法がここに記されています。この御言葉の背景には、私達のこのからだ、
この肉体の造り主は、神様御自身であり、その神様が私達をねたむほどに愛しておら
れるという事実があります。その神様があなたがたをかえりみていて下さるのである
から(Tペテロ5:7)、また、心配してくださるから(新改訳)、また、心にかけていて
くださるから(新共同訳)、「自分の思いわずらいを、いっさい神様にゆだねなさい」
と教えているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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敬愛する兄姉へ シャローム
今日の御言葉
わたしの名をもってとなえられるわたしの民が、もしへりくだり、祈って、
わたしの顔を求め、その悪い道を離れるならば、わたしは天から聞いて、
その罪をゆるし、その地をいやす。
(歴代志下7:14)
「祈り」の重要性について、いくら語っても語り過ぎることはありません。
しかし、「祈り」について、大切なことは、「祈り」について学ぶ以上に
実際に祈ることです。「祈る」ことは、イエス様の私達クリスチャンに対する
命令であり、「祈らないことは罪である(サムエル記上12:23参照)」とも、
聖書は教えています。今日、「祈り」が私達の、そして、あなたのライフ
スタイルとなりますように。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/02/28 送信済み
敬愛する兄姉へ シャローム
今日の御言葉
わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている
人々のためにも、お願いいたします。父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、
わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。
すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、
あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります。
(ヨハネ17:20-21)
ヨハネ伝の17章は、そのほとんどがイエス様の祈りです。イエス様が十字架につ
けられる前に祈られた祈りです。特にこの20節からは、イエス様の弟子たちの伝道
によって、イエス様を信じる者となったクリスチャンについて、イエス様は祈られた
のです。すなわち、御父と御子イエス様が一つであるように、イエス様を信じる者が
完全に一つとなり、それによって、「御父が御子イエス様をおつかわしになったことを、
世が信じるようになるため」に、祈られたのです。私達クリスチャンが一つとなるこ
とによって、人々は、主イエス・キリストがまことに神様がつかわされた救い主であ
ることを悟り、私達クリスチャンが一つとなることによって、主イエス・キリストの
十字架と復活というその福音に対して、人々の目が開かれていくのです。
ミッション・オリーブ 椙森
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2006/03/01 送信済み
敬愛する兄姉へ シャローム
今日の御言葉
さて、彼が王位を受けて帰ってきたとき、だれがどんなもうけをしたかを知ろうとして、
金を渡しておいた僕たちを呼んでこさせた。最初の者が進み出て言った、『ご主人様、
あなたの一ミナで十ミナをもうけました』。主人は言った、『よい僕よ、うまくやった。
あなたは小さい事に忠実であったから、十の町を支配させる』。・・・そして、そばに
立っていた人々に、『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナを持っている者に与えなさい』
と言った。彼らは言った、『ご主人様、あの人は既に十ミナを持っています』。
『あなたがたに言うが、おおよそ持っている人には、なお与えられ、持っていない
人からは、持っているものまでも取り上げられるであろう。
(ルカ19:15-17,24-26)
これとよく似た譬え話が、マタイ伝にも記されています。そうです、あの「タラントの
譬」です。あの「タラントの譬」とこの「ミナの譬」との違いは、十人の僕に一ミナづつ
均等に預けられたということです。そして、私が興味を持ったのは、あの「五タラントを
渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた」とある
のに対して、この最初に進み出た者は、『ご主人様、あなたの一ミナで十ミナをもうけま
した』と報告していることです。与えられた賜物が、たとえ僅かであったとしても、ある
人はそれを用いて十倍、いや、それ以上に大きく用いることができるのです。私は、神様
の恵みによって与えられたその一ミナを十倍、いや、それ以上に主の栄光のために、用い
させてくださいと祈っているのです。
ミッション・オリーブ 椙森
※ 水曜日の聖書研究・祈祷会にも是非、御参加下さい。
2006/03/02 送信済み