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敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている
人々のためにも、お願いいたします。父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、
わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。
すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、
あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります。
(ヨハネ17:20-21)

 ヨハネ伝の17章は、そのほとんどがイエス様の祈りです。イエス様が十字架につ
けられる前に祈られた祈りです。特にこの20節からは、イエス様の弟子たちの伝道
によって、イエス様を信じる者となったクリスチャンについて、イエス様は祈られた
のです。すなわち、御父と御子イエス様が一つであるように、イエス様を信じる者が
完全に一つとなり、それによって、「御父が御子イエス様をおつかわしになったことを、
世が信じるようになるため」に、祈られたのです。私達クリスチャンが一つとなるこ
とによって、人々は、主イエス・キリストがまことに神様がつかわされた救い主であ
ることを悟り、私達クリスチャンが一つとなることによって、主イエス・キリストの
十字架と復活というその福音に対して、人々の目が開かれていくのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/01  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 さて、彼が王位を受けて帰ってきたとき、だれがどんなもうけをしたかを知ろうとして、
金を渡しておいた僕たちを呼んでこさせた。最初の者が進み出て言った、『ご主人様、
あなたの一ミナで十ミナをもうけました』。主人は言った、『よい僕よ、うまくやった。
あなたは小さい事に忠実であったから、十の町を支配させる』。・・・そして、そばに
立っていた人々に、『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナを持っている者に与えなさい』
と言った。彼らは言った、『ご主人様、あの人は既に十ミナを持っています』。
『あなたがたに言うが、おおよそ持っている人には、なお与えられ、持っていない
人からは、持っているものまでも取り上げられるであろう。
(ルカ19:15-17,24-26)

 これとよく似た譬え話が、マタイ伝にも記されています。そうです、あの「タラントの
譬」です。あの「タラントの譬」とこの「ミナの譬」との違いは、十人の僕に一ミナづつ
均等に預けられたということです。そして、私が興味を持ったのは、あの「五タラントを
渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた」とある
のに対して、この最初に進み出た者は、『ご主人様、あなたの一ミナで十ミナをもうけま
した』と報告していることです。与えられた賜物が、たとえ僅かであったとしても、ある
人はそれを用いて十倍、いや、それ以上に大きく用いることができるのです。私は、神様
の恵みによって与えられたその一ミナを十倍、いや、それ以上に主の栄光のために、用い
させてくださいと祈っているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/02  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの
良き管理人として、それをお互のために役立てるべきである。語る者は、神の御言
を語る者にふさわしく語り、奉仕する者は、神から賜わる力による者にふさわしく
奉仕すべきである。それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、
神があがめられるためである。栄光と力とが世々限りなく、彼にあるように、アァメン。
(Tペテロ4:10-11)

 賜物は、決して自己満足のために与えられるものではありません。主の栄光のため、
また、お互のため、全体の益になるように、用いるために与えられたのです。そして、
その与えられた賜物を忠実に、まごころを込めて、精一杯用いていくときに、主はそ
れを祝福して下さり、大きな栄光を現して下さるのです。そして、それを主が喜ばれ
ると同時に、奉仕する私達一人一人をも、聖霊による喜びで満たして下さるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/03  送信済み

敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 このように、わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持って
いるので、もし、それが預言であれば、信仰の程度に応じて預言をし、奉仕であれば奉
仕をし、また教える者であれば教え、勧めをする者であれば勧め、寄附する者は惜しみ
なく寄附し、指導する者は熱心に指導し、慈善をする者は快く慈善をすべきである。
愛には偽りがあってはならない。悪は憎み退け、善には親しみ結び、兄弟の愛をもって
互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。
(ローマ12:6-10)

 賜物に貴賤上下の別はありません。いいえ、神様が与えて下さった賜物は、すべて尊
い(貴い)ものです。しかし、使徒パウロがここで勧めていることは、その与えられた
賜物を「信仰の程度に応じて、惜しみなく、熱心に、しかも、快く、用いていきなさい」
ということです。そして、何よりも、与えられた賜物を第一コリント13章にもあるよ
うに、ここにおいても、「偽りのない愛」をもって、用いていきなさいと、パウロは教え
ているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/04  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなた
がたに教えよう。それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似
ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはで
きない。よく建ててあるからである。しかし聞いても行わない人は、土台なしで、
土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒
れてしまい、その被害は大きいのである」。
(ルカ6:47-49)

 どんなに外側が立派に見えても、台風が来て、その家が崩れてしまったら、これ
ほど惨めなマイホームは、ありません。しかし、イエス様は、ここで目に見える建
物としてのマイホームというよりも、私達の人生設計そのものについて、教えられ
たのです。あなたの人生は、いったい何を土台にしていますか。イエス様が語られ
た御言葉をもう一度、思い起こしてください。「天地は滅びるであろう。しかしわた
しの言葉は決して滅びることがない」。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/07  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 目をさましていなさい。信仰に立ちなさい。
男らしく、強くあってほしい。いっさいのことを、愛をもって行いなさい。
(Tコリント16:13-14)

 短い御言葉ですが、とても大きな励ましを私達に与えてくれる御言葉です。
「男らしく、強くあってほしい」という御言葉を新共同訳では、「雄々しく
強く生きなさい」と訳しました。英語では、"Be brave, be strong." です。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/08  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを
願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたの
ために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりな
さい」。(ルカ22:31-32)

 イエス様に対して、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」という信仰告白をし、
イエス様から、「あなたはペテロ(岩)である」と呼ばれたシモンでしたが、彼は決し
て強い人間ではなかったのです。しかし、そのシモン(ペテロ)のために、イエス様
は祈って下さったのです。そのイエス様の祈りによって、ペテロは立ち直り、兄弟たち
を励まし、力づけるために大きく用いられていったのです。そして、そのイエス様は、
今日、あなたのためにも祈って下さっているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/09  送信済み





敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 ヘロデはペテロを捕えて獄に投じ、四人一組の兵卒四組に引き渡して、見張りをさせて
おいた。過越の祭のあとで、彼を民衆の前に引き出すつもりであったのである。こうして、
ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために熱心な祈が神にささげられた。
(使徒行伝12:4-5)

 すでにご存知の方もおられますが、当教会の主任牧師の杉本先生が昨日、体調不良のため、
緊急入院されました。教会の指導者のために祈ることは主の御心です。どうか、主が杉本先
生の上に、癒しの御手をのべて下さり、十分な休息が与えられ、健康が回復されるように、
お祈り下さい。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/10  送信済み

敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが
地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。また、よく言っておく。もしあなたが
たのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわた
しの父はそれをかなえて下さるであろう。ふたりまたは三人が、わたしの名によって集ま
っている所には、わたしもその中にいるのである」。
(マタイ18:18-20)

 一人で祈ることは、意味が無いと教えているのでは決してありません。しかし、「三つ
よりの綱はたやすくは切れない(伝道の書4:12)」とあるように、ふたりまたは三人以上が
共に心を合わせて祈る時に、不思議な力、神様の更に偉大な力が現されることをこの御言
葉は、教えています。ふたりまたは三人が心を合わせて祈る時に、悪魔の働きを強力に縛
り付け、彼らを追い出し、また、悪魔の束縛に捕われていた人々を大きな祈りの力によっ
て、解放していくことができるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/11  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、
民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。そこで、その評判
はシリヤ全地にひろまり、人々があらゆる病にかかっている者、すなわち、いろ
いろの病気と苦しみとに悩んでいる者、悪霊につかれている者、てんかん、中風
の者などをイエスのところに連れてきたので、これらの人々をおいやしになった。
こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの向こうから、
おびただしい群衆がきてイエスに従った。
(マタイ4:23-25)

 ここには、イエス様の素晴らしい癒しの力が記されています。そうです、イエス
様は、「民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった」です。そし
て、このイエス様は、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがありません。す
なわち、そのいやしの力も二千年前と少しも変わりません。人にはできないことも
神にはできます。そして、イエス様は、人々を愛するがゆえに、その「あわれみ」
のゆえに、病で苦しむ人々を今も、いやしてくださるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/14  送信済み



敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 主よ、わたしをいやしてください、そうすれば、わたしはいえます。
わたしをお救いください、そうすれば、わたしは救われます。
あなたはわたしのほめたたえる者だからです。
(エレミヤ17:14)

 聖書を良く見ると、「いやし」と「救い(罪からの救い)」は、非常に密接な関係にある
ことがわかります。しばしば、「いやし」と「救い」が同時になされていることを、私達は
見ることができるのです。なぜなら、主イエス・キリストが十字架にかかられた時、イエ
ス様は、私達の「罪」だけではなく、私達の「病・病気」をも、背負って、十字架で血を
流し、その肉体を裂いてくださったからです。「しかし彼はわれわれのとがのために傷つ
けられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわ
れに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ(イザヤ53:5)」。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/15  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 それから、イエスはペテロの家にはいって行かれ、そのしゅうとめが熱病で、床につ
いているのをごらんになった。そこで、その手にさわられると、熱が引いた。そして女
は起きあがってイエスをもてなした。夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、
みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごと
くおいやしになった。これは、預言者イザヤによって「彼は、わたしたちのわずらいを
身に受け、わたしたちの病を負うた」と言われた言葉が成就するためである。
(マタイ8:14-17)

 福音書を見ると、イエス様が多くの病人をいやされた記事が記されています。そのいや
しの御業を数えだしたら、きりがないくらいです。なぜなら、病のいやしは、神様が主イ
エス・キリストをとおして、与えられた福音のとても大切な一部だからです。使徒たちが
活躍した初代教会時代の後、キリスト教会は、「福音」=(イコール)「魂の救い」である
かのように、「魂の救い」だけを強調してきたきらいがあります。勿論、「魂の救い」が最
も大きな奇跡であることは、間違いありません。しかし、神様はこの終わりの時代に、初
代教会時代にもまして、聖霊を豊かに注ぎ、病人をいやし、悪霊から人々を解放し、魂を
罪から救うという全人格的な救い、フルゴスペル、純福音の恵みを明らかにしようとされ
ているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/16  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
「わたしたちが、きょう、取調べを受けているのは、病人に対してした良いわざについて
であり、この人がどうしていやされたかについてであるなら、あなたがたご一同も、また
イスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立
っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中からよ
みがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。このイエスこそは『あな
たがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。この人による以
外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられ
ていないからである」。
(使徒行伝4:9-12)

 初代教会において、使徒たちの伝道の働きが急激な速さで進んでいったのは、使徒たち
をとおして、著しいしるしと不思議が行われたからであり、特に顕著であったのは、病人
に対するいやしでした。ペテロは、この時、「この病人がいやされ、元気になったのは、
主イエス・キリストの御名によるのである」と宣言し、と同時に、「この人による以外に救
はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていない
からである」と言って、主イエス・キリストが「罪からの救い主」であると同時に、「すべ
ての病の癒し主」であることを人々に宣言したのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/17  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを
宣べ伝える。わたしたち自身は、ただイエスのために働くあなたがたの僕にすぎない。
「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の
知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。しかしわたし
たちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
(Uコリント4:5-7)

 私達のうち、だれ一人完全なものはいません。私達は弱いものであり、土の器にすぎ
ないのです。しかし、その不完全な私達、弱い私達、土の器にすぎない私達を神様は、
こよなく愛し、和解の福音、主イエス様の福音を私達にゆだねて下さったのです。そして、
神様は、御自身のひとり子であるイエス様の栄光を人々に証しするために、この土の器を
用いて、この土の器の中に測り知れないほどの神様の力、聖霊の力を注いで、神様御自身
の素晴らしい栄光を現そうとしておられるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/18  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、
私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
(詩篇23:4-6)

 よい羊飼であり、全知全能なる主なるイエス様がいつも私達と共にいてくださる、
これよりも大きな喜び、励まし、慰めがあるでしょうか。この事実を知った私達は、
また、このことを信仰をもって、また、このくちびるをとおして、告白・宣言して
いくことが大切です。このことを信仰をもって告白していく時に、たとえ、私達の
前にどのような大きな巨人ゴリアテ、大きな問題が立ちはだかろうとも、「わたしは
万軍の主の名によって、おまえに立ち向かう。きょう、主は、おまえをわたしの手
にわたされるであろう。この戦いは主の戦いであって、主がわれわれの手におまえ
たちを渡されるからである」と信仰をもって、勝利を宣言することができるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/22  送信済み







敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 このとき、その地を探った者のうちのヌンの子ヨシュアとエフンネの子カレブは、
その衣服を裂き、イスラエルの人々の全会衆に言った、「わたしたちが行き巡って探っ
た地は非常に良い地です。もし、主が良しとされるならば、わたしたちをその地に導い
て行って、それをわたしたちにくださるでしょう。それは乳と蜜の流れている地です。
ただ、主にそむいてはなりません。またその地の民を恐れてはなりません。
彼らはわたしたちの食い物にすぎません。彼らを守る者は取り除かれます。
主がわたしたちと共におられますから、彼らを恐れてはなりません」。
(民数記14:6-9)

 主はモーセに言われました、「人をつかわして、わたしがイスラエルの人々に与えるカナン
の地を探らせなさい。すなわち、その父祖の部族ごとに、すべて彼らのうちのつかさたる者
ひとりずつをつかわしなさい」と。しかし、これは神様のイスラエル十二部族に対するテス
トであったのです。十二の部族のつかさたちは皆、同じカナンの地、同じカナン人を見たの
です。しかし、ヨシュアとカレブ以外の斥候は、その地を悪く言いふらし、民の心を挫こう
としたのです。神様は、彼らの不信仰とその口から出たすべての言葉を聞いておられました。
この出来事が、ヨシュアとカレブ、そして、それ以外の十部族にどれだけ大きな運命の違い
をもたらしたか、皆さんは良くご存知です。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/23  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に
現れるためである。わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されてい
るのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
(Uコリント4:10-12)

 なぜ、パウロがあんなにも神様によって、用いられたのか、そのヒントがここにあり
ます。使徒パウロは、他の箇所でこのようにも告白しています、「わたし自身には、わ
たしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇とするものは、断じてあってはなら
ない。この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対し
て死んでしまったのである」と。私達がこの世に対して「死ぬ」時に、はじめてイエス
様のよみがえりの命の力が私達に豊かに現されていくのです。ですから、私達もまた、
このように、告白して参りましょう、「わたしはキリストと共に十字架につけられた。
生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておら
れるのである」と。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/24  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 モーセは主に叫んだ。主は彼に一本の木を示されたので、それを水に投げ入れると、
水は甘くなった。その所で主は民のために定めと、おきてを立てられ、彼らを試みて、
言われた、「あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見
られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつ
てエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、
あなたをいやすものである」。
(出エジプト15:25-26)

「わたしは主であって、あなたをいやすものである」、この御言葉も永遠の現在形です。
主なる神様は、決して、出エジプト時代だけの「いやし主」ではありません。主は、今
も、そして、これからも永遠に「いやし主」なのです。私達を造られた創造主なる神様は、
私達のことをだれよりも、良く知っておられます。そして、この創造主なる神様にとって、
不可能なことなど何一つありません。そして、私達が信仰を持って、近づく時に、素晴ら
しいいやしの恵みを与えて下さるのです。「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、
どんな事でもできる(マルコ9:23)」。 
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/25  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。
わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに
宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのため
ならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。
なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。
(Uコリント12:9-10)

「わたし(イエス・キリスト)の力は弱いところに完全にあらわれる」、これは不思議な
御言葉ですが、クリスチャンの方は、これが真理であることを知っています。そうです、
主に喜ばれる信仰生活とは、自分の肉の力や能力に頼るのではなく、主にすべてを明け
渡し、主御自身の力に寄り頼みつつ、主と共に歩むことから始まるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/28  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 主は言われる、わたしはあなたの健康を回復させ、あなたの傷をいやす。それは、人が
あなたを捨てられた者とよび、『だれも心に留めないシオン』というからである。主はこう
仰せられる、見よ、わたしはヤコブの天幕を再び栄えさせ、そのすまいにあわれみを施す。
町は、その丘に建てなおされ、宮殿はもと立っていた所に立つ。感謝の歌と喜ぶ者の声とが、
その中から出る。わたしが彼らを増すゆえ、彼らは少なくはなく、また彼らを尊ばれしめる
ゆえ、卑しめられることはない。
(エレミヤ30:17-19)

 ある意味において、主なる神様がそれをおゆるしにならないなら、私達が病気になること
はありません。しかし、皆さんに知って欲しいことは、その病をいやし、健康を回復させ、
あなたのその傷をいやして下さるのは、主御自身であるということです。そして、そのこと
をとおして、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかを、私達に知らせようとし
ておられるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/29  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
「静まって、わたしこそ神であることを知れ。
わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる」。
(詩篇46:10口語訳)

 今日はこの御言葉を他の訳と比較して、見てみたいと思います。
「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、
地の上であがめられる。」(詩篇46:10新改訳)
「力を捨てよ、知れ、わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。」
(詩篇46:11新共同訳)
 これらの御言葉は、私たちがあれやこれやと、もがくことをやめ、主なる神様
のみ前に沈黙する時に、主が私たちに語りかけて下さるという真理を私たちに教
えています。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/30  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 彼はわたしを愛して離れないゆえに、わたしは彼を助けよう。
彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。
彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。
わたしは彼の悩みのときに、共にいて、彼を救い、彼に光栄を与えよう。
(詩篇91:14-15)

 これは、いつくしみ深き友なるイエス様の御言葉であり、主なる神様の御言葉です。
あなたがどれだけ主を愛しているか、主がよくご存じです。ですから、主も「あなた
を助け、あなたを守り、あなたの呼び求める声にわたしは答え、あなたの悩みのとき
に、共にいて、あなたを救い、あなたに光栄を与えよう」と約束しておられるのです。
(詩篇91:14-15)
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/03/31  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、
わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、
あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。
 あなたの神、主なるわたしはあなたの右の手をとってあなたに言う、
「恐れてはならない、わたしはあなたを助ける」。
(イザヤ41:10,13)

 解説を全く必要としないほど、明確な励ましの御言葉です。主なる神様が
「あなたと共にいて、あなたを強くし、あなたを助け、あなたをささえ、
あなたを守られる」という確かな約束です。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/01  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 神よ、わたしのために清い心をつくり、
わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
わたしをみ前から捨てないでください。
あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
あなたの救の喜びをわたしに返し、
自由の霊をもって、わたしをささえてください。
(詩篇51:10-12)

 神様によって選ばれ、油を注がれ、神様によって「わたしの心にかなった人」と
あかしされたダビデでしたが、その彼も決して完全な人ではなく、神様の前に大き
な罪を犯してしまいました。しかし、その彼が神様のあわれみを受け、そのとがが
赦され、もう一度、聖霊の満たしをいただき、油注ぎを保持することができたのは、
この詩篇51篇の悔い改めの祈りのゆえであったのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/04  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 主はこう言われる、「つるぎをのがれて生き残った民は、荒野で恵みを得た。
イスラエルが安息を求めた時、主は遠くから彼に現れた。
わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。
それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた。
イスラエルのおとめよ、再びわたしはあなたを建てる、あなたは建てられる。
あなたは再び鼓をもって身を飾り、出て行って、喜び楽しむ者と共に踊る。
(エレミヤ31:2-4)

「荒野」でいったい、どのような恵みを私たちは受けることができるというのでしょう
か。主なる神様が「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」と語って下さる、
これ以上の慰め、恵みがあるでしょうか。先の見えない真っ暗なトンネル、試練の嵐、
なんの実も結ばないような荒野をさまよっているように、感じている人はいませんか。
知って下さい。その荒野の真っ直中で、神様があなたに限りない愛を注ぎ、あなたに
対して、真実をつくすことを決意しておられることを。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/05  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 愛する者よ。あなたのたましいがいつも恵まれていると同じく、あなたがすべての
ことに恵まれ、またすこやかであるようにと、わたしは祈っている。兄弟たちがきて、
あなたが真理に生きていることを、あかししてくれたので、ひじょうに喜んでいる。
事実、あなたは真理のうちを歩いているのである。わたしの子供たちが真理のうちを
歩いていることを聞く以上に、大きい喜びはない。
(Vヨハネ1:2-4)

 この短い文章の中に、「真理」という言葉が三回出てきます。使徒ヨハネは、あの
最後の晩餐の席で、イエス様のみ胸近くで、イエス様から直接、「わたしが道であり、
真理であり、命である」という御言葉を聞いていました。そして、この「真理」のうち
を歩みつづける時に、当然の結果として、「私たちのたましいがいつも恵まれていると
同じく、私たちがすべてのことに恵まれ、またすこやかにされていく」という真理を
彼は知っていたのです。そして、それが父なる神様のすべての人に対するみ心である
ことも、彼は知っていたのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/06  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 神の聖霊を悲しませてはいけない。
あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。
(エペソ4:30)

「どうか、聖霊さまを悲しませないで下さい」、実は、この御言葉は、今世界的に
用いられている伝道者の一人、ベニー・ヒン先生の生涯を大きく変えてしまった御
言葉の一つです。聖霊さまは、単なる力ではなく、また、異言などという賜物でも
なく、また、象徴として用いられる「生ける水、火(炎)、油」などでは、とても表
現しきれない、人格を持った三位一体の第三位格の神様であるということです。しか
も、聖霊さまは、非常に繊細な感覚を持った、デリケートな、傷つきやすい人格を持
った神様として描かれているのです。
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2006/04/07  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 主よ、わたしをあわれんでください。わたしは弱り衰えています。
主よ、わたしをいやしてください。わたしの骨は悩み苦しんでいます。
わたしの魂もまたいたく悩み苦しんでいます。
主よ、あなたはいつまでお怒りになるのですか。
主よ、かえりみて、わたしの命をお救いください。
あなたのいつくしみにより、わたしをお助けください。
(詩篇6:2-4)

 この詩篇の冒頭に説明書きとして、このように記されています、
「聖歌隊の指揮者によってシェミニテにあわせ琴をもってうたわせたダビデの歌」
あの巨人ゴリアテを倒し、勝利に勝利を得ていった信仰の大勇士・ダビデがこの詩
篇を書いたのです。これは、私たちにとって、とても大きな慰めです。私たちは主
の前に何も飾る必要はありません。だれだって、自分の弱さを感じることがあるの
です。その時、そのまま、その「弱さ」を告白し、主の助けを求めればよいのです。
主は必ず、あなたをあわれんでくださいます。
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2006/04/08   送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、
「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、
わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、
また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけ
ても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、
その命を買いもどすことができようか。邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしと
わたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使
たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」。
(マルコ8:34-38)

 この厳かな招きは、弟子たちだけでなく、すべての人々にイエス様が今も呼びかけ
ている聖なる招きです。「もし、あなたがたが本当に、わたし(イエス様)の弟子に
なりたいと思うなら、そして、わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分
の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と主は語られたのです。しかし、イエ
ス様は、決して、これを私たちに強制することはなさいません。主は私たちが自発的
に、十字架を背負って、イエス様に従ってくることを願っておられるのです。すなわ
ち、イエス様を愛する「愛」という動機付けによって、従ってくることを願っておら
れるのです。そして、これは、「人がその友のために自分の命を捨てること、これよ
りも大きな愛はない」と教えられたイエス様の愛を知ったものだけができることなの
です。
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2006/04/11  送信済み




敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。・・
父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。
命を捨てるのは、それを再び得るためである。だれかが、わたしから
それを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。
わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。
これはわたしの父から授かった定めである」。
(ヨハネ10:11,17-18)

 主イエス様が十字架への道を歩まれたのは、天地が造られる前からの父なる
神様の御計画でした。しかし、イエス様ご自身もここで、「わたしは自分の羊
を愛するがゆえに、だれかが、わたしから命を取り去るのではなく、自分から
羊のために命を捨てるのです」と語っておられるのです。
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2006/04/12   送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が
きたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切
ろうとする思いを入れていたが、イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与
えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを
思い、夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、そ
れから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき
始められた。
(ヨハネ13:1-5)

 ご存知のように、イエス様のお弟子さん達は、決して、完全な人ではありません
でした。いやむしろ、聖書の他の箇所にも記されているように、イエス様は、この
世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選
ばれたのです。私たちと何ら変わらない、無学なただの普通の人を選ばれたのです。
しかし、イエス様は、この弟子たちをこよなく愛し、「彼らを最後まで愛し通された」
のです。そして、この後、この弟子たちが天下をひっくり返し、世界の歴史を大き
く変え、社会に大きな変革をもたらすような大使徒に変えられていく訳ですが、その
彼らに、「互に仕える」ことの大切さを、イエス様は教えられたのです。
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2006/04/13  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、
犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。そのとき、
イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、
わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。
(ルカ23:33-34)

 イエス様は、暴虐なさばきによって取り去られました。その代の人のうち、だれが
思ったでしょうか、彼は人々のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれた
のだということを。しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主が彼を悩まされたのです。
イエス様はご自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命
をながくすることができるのです。かつ主のみ旨が彼の手によって栄えていくのです。
イエス様はご自分の魂の苦しみにより光を見て満足しました。イエス様はその知識に
よって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負われたのです。イエス様は死にいたる
まで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたのです。しかも、イエス様は
多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしの祈りをささげられたのです。
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2006/04/14  送信済み




敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは
思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。
その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、
しかも十字架の死に至るまで従順であられた。
それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。
それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、
あらゆるものがひざをかがめ、また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と
告白して、栄光を父なる神に帰するためである。
(ピリピ2:6-11)

 イエス様は、その公生涯において、このように教えられました、「だれでも自分を
高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」と。そして、
イエス様は、その教えのごとく、だれもこれより、自分を低くすることはできないと
思えるほど、最低の所(十字架の死)まで、自分を低くされたのです。ですから、
天の父なる神様も、イエス様を、もうこれ以上高くすることはできない、すなわち、
ご自分の右の座にイエス様を引き上げられたのです。
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2006/04/15  送信済み

敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっている
枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと
豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。・・・
あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、
わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
(ヨハネ15:1-2,8)

 桜の花も散り、葉桜に変わりました。この時期、多種多様な、華麗な花々が咲き
誇り、私たちの目を楽しませてくれます。しかし、聖書は、その美しい花々よりも、
むしろ、いつまでも残る実を結ぶことの大切さを私たちに教えようとしているように、
思えます。そして、そのいつまでも残る良い実を結ぶためには、ほかでもありません、
まことのぶどうの木であるイエス様にしっかりとつながっていることであると、聖書
は教えています。そして、農夫である父なる神様に、自分のすべてを明け渡していく
ことであると、教えているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/18  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに
注がれた。これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望
むことによって、御国をつぐ者となるためである。この言葉は確実である。わたしは、あ
なたがそれらのことを主張するのを願っている。それは、神を信じている者たちが、努め
て良いわざを励むことを心がけるようになるためである。これは良いことであって、人々
の益となる。・・・
わたしたちの仲間も、さし迫った必要に備えて、努めて良いわざを励み、実を結ばぬ者と
ならないように、心がけるべきである。
(テトス3:6-8,14)

 使徒パウロもここで、私たちが「実を結ばぬ者とならないように、心がけるべきである」
と教えています。しかも、パウロは、「努めて良いわざを励む」ことによって、実を結ぶ者
となるように、勧めています。私たちは、聖霊さまの力に寄り頼みつつ、それと同時に、
また、自分自身を主にささげるように、努め励んで参りましょう。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/19  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

誠に勝手ながら、20日・21日と大阪で開かれる「祈りの祭典」に椙森は参加します。
このため、この二日間、「今日の御言葉」の配信をお休みさせていただきます。
よろしくお願いします。

 こうして、人々は西の方から主の名を恐れ、日の出る方からその栄光を恐れる。
主は、せき止めた川を、そのいぶきで押し流すように、こられるからである。
(イザヤ59:19)
 ミッション・オリーブ 椙森  
2006/04/19  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を
行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない。
しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えて
いる。あなたがたは牛舎から出る子牛のように外に出て、とびはねる。
(マラキ4:1-2)

 ご存知のように、多くの人々が日本のことを「日の昇る国」と呼びます。昨日まで大阪で
開かれた「祈りの祭典」の中で、「これから日本は、"The Land of the rising SON(息子)"
と呼ばれるであろう」という預言的メッセージがありました。マラキ書のこの「義の太陽」
を英語では"The Sun of Righteousness"と呼びますが、これは外でもありません、「御子イエス
・キリスト」を指しています。日本は、これから、神の御子・主イエス・キリストの栄光が
輝き上る国となり、また、主イエス・キリストを信じる信仰によって、「神様の息子(SON)」
と変えられたクリスチャンが、日本のリバイバル、日本のトランスフォメーションのために、
今こそ、立ち上がる時が来たことを教えられたのです。しかも、しるしと不思議、いやし
の力を賦与された、力強く、喜びにあふれた「神の息子」として。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/22   送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考え
ました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。
また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分の
ためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
(Uコリント5:14-15新改訳)

 日本は、北海道から沖縄まで、すべて海で囲まれた島国です。先日、開かれた「祈り
の祭典」において、日本は、神様から愛されているだけでなく、世界のクリスチャン達
に祈られ、愛されている国、あの第二次世界大戦の時に、大きな危害を与え、傷つけた
国々のクリスチャン達からも、こんなにも愛され、祈られているのだということを強く
感じたのでした。そして、そのキリストの愛と世界の国々のクリスチャン達の愛に取り
囲まれている中で、日本に与えられている大きな使命をもう一度、見直し、確認する時
となりました。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/25  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人
たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるよう
に、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、
おまえたちは応じようとしなかった。見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。
わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが
言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。
(マタイ23:37-39)

「祈りの祭典」において毎回素晴らしい賛美のささげものをして下さったバイオリニ
スト、モーリス・スクラー師は、ユダヤ人であり、いわゆるメシアニック・ジューと
呼ばれている先生です。この先生が、この集まりの最後で賛美して下さった「We shall
behold Him(私たちは彼を仰ぎ見るであろう)」を賛美する時、最も豊かな聖霊の油注
ぎを感じると語っておられました。そして、その理由を主に「なぜですか」と彼が尋
ねると、主は、ユダヤ人である彼がこの曲を賛美することは、メシアの地上再臨の条
件であるイスラエルの国家的救いという条件の預言的な予表行為であるからだと教え
て下さったそうです。 
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/26  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 なぜなら、もしあなたが自然のままの野生のオリブから切り取られ、自然の性質に反して
良いオリブにつがれたとすれば、まして、これら自然のままの良い枝は、もっとたやすく、
元のオリブにつがれないであろうか。兄弟たちよ。あなたがたが知者だと自負することのない
ために、この奥義を知らないでいてもらいたくない。一部のイスラエル人がかたくなになった
のは、異邦人が全部救われるに至る時までのことであって、こうして、イスラエル人は、
すべて救われるであろう。すなわち、次のように書いてある、「救う者がシオンからきて、
ヤコブから不信心を追い払うであろう。そして、これが、彼らの罪を除き去る時に、
彼らに対して立てるわたしの契約である」。
(ローマ11:24-27)

 使徒パウロがここで語っている「自然のままの野生のオリブ」とは私たち異邦人のことで
あり、「自然のままの良い枝」とはユダヤ人のことです。すなわち、イスラエル人が2千年前
に救い主イエス・キリストを拒んだのは、神様の深い御計画によるものであり、それによって、
救い(福音)が異邦人に宣べ伝えられ、異邦人の救いが完成したならば、神様はもう一度、
イスラエル人を顧みてくださり、「こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう」と
パウロは、結論づけています。しかも、その時が来るならば、「異邦人の救い」よりも、
「イスラエル人の救い」の方が、もっとたやすい、容易であると、聖書は教えているのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/27  送信済み


敬愛する兄姉へ シャローム

今日の御言葉
 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの
契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。ところが、あなたがたは、
このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血に
よって近いものとなったのである。キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを
一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っ
ている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新し
い人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神
と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。
(エペソ2:12-16)

 組織神学の一つで、「新約においては、主にあがなわれたキリスト教会こそ、霊的なイス
ラエルである」という教え(置換神学)が、非常に大きな影響を人々の思考の中に与えて
きました。結果的にそれが、間違った反ユダヤ主義を人々の心の中に植え付けることになっ
てしまったのです。しかし、「神の賜物と召しとは、変えられることがない」のです。すな
わち、イスラエルは今も、「選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者で
ある」なのです。そして、この終わりの時代、すなわち、主の再臨を迎えようとしている今、
神様は、イスラエルと異邦人教会が、キリストにあって、ひとりの新しい人、一つのからだ
として一致するように、働いておられるのです。
 ミッション・オリーブ 椙森  
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2006/04/28  送信済み